小説『ゾルダーテン』chap.01:痛みの夜

 ビシュラが再びヴァルトラムの隔離部屋を訪れた頃、とうに日は沈んでいた。
 日が沈んでからお邪魔するのも失礼かとは思ったが約束しておいて連絡もせず反故にする訳にもいかない。遅くなってしまったことを一言詫びてから、ヴァルトラムの機嫌が良ければまた明日の約束にでもしようと思ったのだ。


 扉を押し開いてみると部屋の照明は消えていた。一瞬どうしたものかと考えたが、やはり約束を無視することはビシュラの性格上できなかった。


「既にお休みでございますか? ヴァルトラム歩兵隊長さま」

「こっちに来い、ビシュラ」


 暗闇から声が返ってきた。ビシュラの目はまだ闇になれずその姿を見ることはできないが、きっとヴァルトラムは昼間と同じようにベッドの上にいる。


「いま照明を――」

「いいから来い」


 何故だろう、皮膚の表面がざわつく。
 もう大分聞き慣れたはずのヴァルトラムの声。その低い声が従えと命令する。修飾も婉曲もなくただただ従えと。
 ビシュラの胸をざわつかせるもの、それは剥き出しにされた征服欲なのかも知れない。


「遅くなってしまって申し訳御座いません」


 どうにか声の震えを押し殺す。
 だがヴァルトラムに一歩、また一歩と近付く度に鼓動が大きくなる。

 部屋の温度が低い。
 日が暮れたからという以上に、何かが室温を下げている。この部屋の中には冷気が漂っている。

 ベッドの前までやって来てギクッとした。
 暗闇に光る翠玉の双眸。

 ビシュラは既に似たようなものを知っている。西の森の奥地で蜘蛛型のモンスターとかち合ったとき、あのときも幾つもの目が暗闇の中で光っていた。
 だが今ビシュラの胸に去来している恐怖はあの時以上のものだ。目の前にいるのはヴァルトラムなのに恐くてたまらない。


「あ……ヴァルトラム歩兵隊長、さま……?」

「どうした。何をそんなにビビってやがる」


 声だけで怯えていることを見破られており、ビシュラはギクッとした。

 返事があったということは其処にいるのはヴァルトラムなのだ。全く知らない人物でもなければ、ましてや自分を襲ったモンスターなどではない。何も怯えることはないと自分に言い聞かせる。

 上目遣いにヴァルトラムを見ると、若干闇に慣れてきた目に、プラプラと本を揺らしているのが見えた。


「本当はもう少し早く参上するつもりだったのですが作業を終わらせられずこのような時間になってしまい……」


 本に伸ばそうとした手首を掴まれた。
 訳も分からない内に残された腕も捕まえられてしまい、ヴァルトラムの手を離れた本がパタンと床に落ちた。
 ヴァルトラムはビシュラの両手を一つに束ね、体ごと自分のほうに引き寄せる。ビシュラを自分の両足の間に座らせ、何かを探している手付きで腰の辺りをまさぐる。


「ヴァルトラム歩兵隊長さまっ!?」


 ビシュラは必死に自分の腕を引くがヴァルトラムに掴まれていてはビクともしない。


 カチッカチッ。


 金具が外される音が聞こえてビシュラはギクッとした。ヴァルトラムが腰の剣の装備を外そうとしていることに気付いたのだ。
 恐怖と驚異に揺れているビシュラの目を見て、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。


 ガシャンッ。


 腰に固定していたベルトを外され、双剣が床に落ちた。


(剣が無いと……!)


 先程よりも懸命に腕を振り払おうとするがやはりヴァルトラムは微動だにしない。
 ヴァルトラムからクックックッという笑い声が聞こえる。


「そのツラ、俺の読みは当たってたみてぇだな」

「何をっ……」

「オメェの妙なプログラム、その剣がねェと使えねェんだろ」


 ヴァルトラムはビシュラの双剣を爪先で蹴飛ばした。シャーッと回転しながら床の上を滑ってゆき壁にぶつかって止まった。


「蜘蛛を停めたときも握ってやがったな。いつも後生大事に身に付けちゃいるが新品かっつうくらいキレイだからよ、妙だとは思ってたんだ。切ったはったに使ったことがあるようには見えねェし、戦闘経験のねェ嬢ちゃんが護身用に持ってるにしちゃ立派すぎる。大方、プログラムを発動させるトリガーか何かなんだろ」


 ビシュラは何も言わなかったが、ヴァルトラムは特段気分を害した風もなくハッと鼻で笑った。


「まァ、答えなくてもオメェのツラ見りゃ分かる」


 ビシュラは腕を引くのをやめた。ヴァルトラムの力にはいくら懸命に力を込めたところで抗えるものではない。だから抵抗をやめてヴァルトラムの慈悲に縋ることにした。


「お手を……お離しください」


 ビシュラの声は麗しくヴァルトラムの鼓膜を揺らし胸を満たす。その声が震えていようと関係はない。この男は己の欲しいものさえ手に入ればそれでよいのだ。


「顔上げろ、ビシュラ」


 ビシュラが僅かに角度を上げると顎を捕まえられた。グイッと仰角に押し上げられたと思ったら、唇にかぶり付かれた。

 頭を振って逃れようとしても顎を固定されているから動けない。
 唇を甘噛みされ緩んだ隙に舌が割って入ってくる。歯列をなぞられてもビシュラは全身に力を入れて抵抗した。ガチリと閉じられた歯列をこじ開けようと、押し潰されるほど背中から抱き締められる。


「んうっ……!」


 ついに緩んだ歯と歯の間から舌がぬるりと侵入してきた。
 舌で舌を舐められる生まれて初めての経験に、生理的な涙が浮いてくる。狭い口内を逃げ惑うが舌に舌を絡め取られ、生暖かい液体が流れ込んでくる。
 どちらのものともつかない唾液が口の端から溢れ、顎を伝い、喉の上を下っていく感覚に悪寒が走る。


 くちゅっ、ぴちゅっ。


 抱き締められていて動きが制限されている手でビシュラは何度もヴァルトラムを叩くが腕の力が弱まることはない。
 一瞬の気の迷いなどではない。この男は確信的にビシュラを食い荒らそうとしているのだ。

 つんと服の胸元が引っ張られ、嫌な予感がした。
 ヴァルトラムはビシュラの胸元のファスナーに指をかけてジーッと降ろした。唇は離さないまま隙間から手を滑り込ませる。


「あっ……んんっ」


 掌に収まってしまう程度の乳房を、柔らかさを味わいながら揉む。徐々に立ち上がってきた先端を指で挟むと、ビシュラの背筋が一瞬ピンと伸びた。


「やあっ……!」


 ヴァルトラムはビシュラの体をベッドの上に放り投げた。そして素早くその上に跨がり、動きを封じる。
 ヴァルトラムが再びファスナーに指をかけて下まで降ろしきると鎖骨と乳房が露わになり、ビシュラは自分の両手でそれを覆い隠す。

 格子の隙間から差す月光の下、震える肢体。
 眼下に置いたビシュラの肌は白く暗闇に浮き上がって見えた。


「お、お許しください……ヴァルトラム歩兵隊長さま……」


 ビシュラはめい一杯顔を逸らし、震えながら懇願する。
 だがヴァルトラムはそれを無碍なく断ち切った。ビシュラの両腕を捕まえて左右に開かせ体の上から力尽くで退けさせた。乳房が弾けて桃色に色付いた先端が揺れる。


「許すだァ? 何をだ。俺ァ別に何も怒ってねェぜ。オメェを気に入ってるからモノにしてぇんじゃねェか」


 ビシュラの乳房に舌を這わせ、ぷくりと立ち上がった先端に食い付く。吸いながら舌先で刺激してやると硬くなってゆく。
 反対の乳房は手で揉みしだかれ指で挟まれ抓まれ、先端から生じた生まれて初めての感覚がビシュラの体を走る。


「あっあああ……っ」


 刺激を与えられて完全に屹立した乳房の桃色の飾りを見て、ヴァルトラムはニヤリと笑った。


「胸イジられるのがイイのか? ビシュラ」

「そんなこと……っ」


 口先での拒否に意味など無い。体が反応していることが何よりもの証拠だ。
 ビシュラの言葉など無視して太腿の上に手を置く。そのままスカートの中へと滑り込ませると、ビシュラの体がビクッと跳ねた。


「やめてっ……ください、ヴァルトラム歩兵隊長さま……っ」


 ビシュラはそこでヴァルトラムの手を阻もうと必死に足を綴じ合わせる。
 ヴァルトラムは再びビシュラと唇を合わせ、口内を貪る。そちらに意識が向かって力が緩んだ隙に膝を割り、一気に手を滑り込ませた。

 熱い掌が下着に触れ、涙が込み上げてきた。生理的な嫌悪感で吐き気を催す。

 触れないで触れないで触れないで。
 誰もわたしに触れないで。
 気持ちが悪い。


「いや! やめてっ……」


 ビシュラの涙など無視してヴァルトラムはその秘所に下着の上から触れた。手探りに柔らかい谷の部分を見付け、形に沿って指で擦る。
 指が谷を行ったり来たりし、上部の突起を掠める度にゾクゾクと悪寒が走る。吐き気がするほど嫌なはずなのに、嫌悪とは別の感覚が盛り上がってくる。

 やがてヴァルトラムは硬くなった蕾に狙いを付け、指でカリカリと引っ掻くようになった。


「うぁっ……あんっ、ああっ……!」

「気持ちいいか? ビシュラ」

「それっ、ダメ……ぇ、んんっ」


 ビシュラの艶っぽい美声はヴァルトラムの気分を良くさせる。自分がどのような声を上げているかなど、本人は気付きもしないのだろう。
 ビシュラの下着に広がるシミを見てヴァルトラムは満足げに口の端を引き上げた。


 ビリッ、ビリビリィッ!


 ビシュラの甘い悲鳴の中、ヴァルトラムは薄布の下着を引き千切った。

 露わになった黒い森は愛液に塗れて卑猥にぬらついていた。ヴァルトラムはその茂みに指を差し入れた。奥に隠されている聖裂を探し当て、中指をゆっくりと埋める。
 初めて体験する異物感にビシュラはシーツを掴んで背を仰け反らせる。


「あっ! ああぁ……っ」

「指一本でもキツイな。オメェ処女か」


 ビシュラはカッと赤くなった顔を逸らした。
 この場でなんということを訊くのだ。女を無理矢理組み敷いておいて今更何を訊くのだ。この男には本当に一欠片の慈悲も、罪悪感すらもない。
 この男にとってはこうやってビシュラを儘にしていることさえも退屈凌ぎに過ぎないのだろう。そんな酷い男の指先に翻弄されている自分の体が憎い。


 くちゅっ、ぐちゅっ。


 ヴァルトラムの太い指が抜き差しを始めると、ビシュラの背筋にまた悪寒に似た感覚が停滞する。だがもうなんとなく気付き始めている。
 これは嫌悪や悪寒ではなく、快感だと。


「ふあっあ……やめっ……あんっ」


 嫌だ嫌だ嫌だ。
 こんな男の指で感じたくない。こんな男に好きにされたくない。あまりにも容易くわたしという存在を踏み躙るこんな男に。

 頭の中で喚く意思とは裏腹に、指が差し入れられる秘所からは愛液が溢れる。耳に届く水音が次第に大きくなっていき、厭が応にも快感をビシュラ自身に思い知らせる。


「キツイがちゃんと感じてんじゃねェか。なァオイ、ビシュラ」

「も……ダメっ」


 ビシュラは子どもの駄々のように首を横に振る。だがそんなものでヴァルトラムが手を緩めるはずなどなかった。


「ダメっ……ダメぇ!」


 ぴんっ。


 予想外のものを見て、ヴァルトラムの動きがピタリと止まった。

 突然ビシュラの頭に大きな二つの耳が立ち上がったのだ。
 先端だけ少々色味が異なるものの全体的に髪の毛と同じ毛色と質感をした長い獣耳。何かを敏感に察知するようにピクッピクッと痙攣している。


「…………。なんだオメェ、半獣人か」

「み、みないでっ……」


 ヴァルトラムはなんてことはないように言い放ったが、ビシュラは顔を真っ赤にしてシーツに押し付ける。本性の一部である耳を見られることは彼女にとってはとても恥ずかしいことらしい。
 否、本当に恥ずかしいのは本性を隠しきれなくなるほど感じてしまっていることか。

 ヴァルトラムはビシュラの獣の耳にかぷっと噛み付いた。


「んんっ!」

「耳も感じんのか、オメェ」

「知らなっ……!」

「別に隠すこたねェ。三本爪飛竜騎兵大隊(リントヴルムリッター)じゃ亜人種(ザプメンシュ)なんざ珍しくもねェ。可愛いぞ、ビシュラ」

「――――……っ!」


 グジュッグジュッグジュッグジュンッ。


 ヴァルトラムは上機嫌にビシュラの耳を甘噛みしながら、ビシュラの内部を掻き混ぜる速度を速める。
 秘所が緩んでくるとすかさず二本目をねじ込み、また中を一杯にして激しく出し入れする。


「ふあっ! あっ、ああっ……んっ」


 抵抗を、拒否を、拒絶をしなければいけないとは頭では分かっているのに、唇から漏れるのは甘い声だけ。我慢しようとしても喉の奥から突き上がってくる。快感と同じ分だけ、熱い吐息が迫り上がってくる。


「だいぶ濡れたな。もういい頃か」


 ヴァルトラムが何を言ったのか、ビシュラには聞こえなかった。
 聖裂からずるりと指が引き抜かれ、力一杯シーツを握り締めていたビシュラの指からも力が抜ける。

 ヴァルトラムはズボンのファスナーを下げ、自分の雄の部分を取り出した。肌の色と似て赤黒いそれは塔が如く反り返っている。
 手を添える必要もなく硬度を持った己自身を、ビシュラの聖裂に宛がう。


「やだっ……!」


 ヴァルトラムが何をしようとしているか直感した途端、皮膚が粟立った。ビシュラの頭を揺さぶっていた快感も一瞬にして覚める。


「嫌です! それだけはっ……!」

「ここまで来といて往生際悪ィヤツだ」


 ずり上がって逃れようとするビシュラの腰を捕まえ、ベッドに押し付けて固定する。


「やだぁあ!」


 ビシュラの瞳は怯懦に濡れていた。だがそんなものが何よりもヴァルトラムの征服欲を満たす。怯えて怯えて泣いて喚いて、そんな相手を服従させるから気持ちが良いのだ。
 ヴァルトラムはビシュラを刺し殺すようにゆっくりと腰を進めていく。


 ミチッ。


「いった……い!」

「力抜け。キッツイな、クソ」


 下腹部の異物感と圧迫感で喉の奥のほうから吐き気が込み上げてくる。ヴァルトラムのような大男の質量はビシュラが受け止めるには大きすぎる。
 嘔吐きそうなのを噛み殺し、シーツを掻き毟るように握り締める。


「いたっ……痛い! もうやめ――……うっ」


 ヴァルトラムはチッと舌打ちし、ビシュラに覆い被さった。そしてシーツに埋めている顔を無理矢理上げさせ、唇を割って舌をねじ込んだ。


「んっ……んんっ」


 ビシュラの気が逸れている隙に、深く腰を押し進めた。


 グチュンッ。


 ヴァルトラムの雄が深く突き刺さり腹を裂くような激痛が頭まで駆け抜けた。
 ビシュラは声を上げることもできず目からボロボロと大粒の涙を零す。下腹部に居座る痛みに耐えるのが精一杯で涙を拭っている余裕などない。

 ヴァルトラムは小刻みな律動を開始する。ヴァルトラムが動く度、ビシュラは内臓を掻き回される痛みに襲われ、くぐもった呻き声を漏らす。

 嗚呼、そんな声すらもヴァルトラムの鼓膜を甘く揺らす。
 微笑みながら名を呼ぶ声も、堪えきれぬ嬌声も、涙混じりの苦悶の呻きも、全てが甘美な響き。全てが甘ったるく纏わり付く。



「ビシュラ。オメェはもう俺のモンになっちまうしかねェんだよ」



 ククッと囀るような笑い声が降ってきた。
 恐れ戦く姿を見ても噎び泣く姿を見ても苦しみ悶える姿を見ても一片の慈悲も覚えず嘲笑(せせらわら)うなど真っ当な人とは思えぬ所業。
 悪魔だ。わたしを穢す悪魔だ。この男は悪魔の化身だ。

 「人でなし」――――人でないもの。
 緋がヴァルトラムという男は到底まともな人物ではなく、容易く人と魔物の境界を踏破してしまうものだと警告していたのだ。

 ならばビシュラに訪れた穢れと苦痛は、魔の者を怖れなかった浅はかさに下された天罰か。
 魔物と称される「人でなし」と対峙するにはビシュラは剰りにも小さく脆弱だった。





Fortsetzung folgt.

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